louder than bombs

Sometimes when I wear my headphones I think I’m breathing too loud. So I stop, but, then when I start again, it’s even louder.

【解説】報道写真家のイザベル・リードが撮影した写真は、いずれの瞬間も素晴らしいもので、その一枚一枚が全てこの「女性」、特に写真家としての彼女について雄弁に力強く語っていると思う。しかし、物語の中で、彼女、つまり「母」について、あるいは「妻」については、遺族である、夫、2人の子どもたちは特に語らない。また、それについてはっきりしたかたちではこの作品は描いてはいない。「母・妻」そして一人の女性、人間としての彼女の「像」について、報道による疑惑・憶測や噂はあるが、不明確なままである。しかし、夫、子供たち、特に次男の記憶の中でその「像」が呼び覚まされ、物語を語るという「過程」の中で繊細に描かれていく。

原題は、「Louder than Bombs」。「louder」は、「(騒音などで)やかましい」状態を云う。それが「bombs(爆弾)」よりも大きいという意味で、この「loud」という言葉は、末っ子がいった言葉の中にある。

【長男の「母」像】
【夫の「妻」像】
【末っ子の「母」像】閉じこもりがちな末っ子は、外界をシャットアウトするかのように、いつもイヤホンをつけている。父親とも口を聞かない。怒りや不満がいつもその表情に刻まれている。彼は言う。

「時々、イヤホンをつけている時に、自分は大きな音で(loud)呼吸をしているんだ。だから、呼吸を止めて、でも、もう一度呼吸しだすと、それがさらに大きな音に(louder)なっている。」

これは、彼のバイオグラフ、あるいは彼流のジャーナル(日記)の中で語られる独白である。これは、彼自身がこの世界を、自分の怒りや不満の意味も含めて、彼自身の方法(表現)で理解するためのツールであった。

兄は、若くして既に教授の職を得ていて、結婚して子供も生まれたばかり。父親とも関係を上手く築き、それを続けている。その兄が母親の遺品の整理を手伝うために、父と次男が暮らす実家へ戻って来る。その時に、弟が ヒップホップの音楽に合わせて踊っているところを偶然に見かけ、ホントお前、奇妙なことしてるよなと言って部屋に入って来る。また、シューティング・ゲームに夢中になっている弟を多少冷めた目で見ていて、たしなめたりもする。でも兄弟ですから、二人とも子供のように一緒になってユーチューブ(父親が俳優時代のドクター役で出演しているドラマ)を見たり、兄にVRゲームのレッスンを施したり・・・
その時に弟が兄にその日記のようなものを見せる。兄はその弟の表現力に正直驚くのだった。

母、あるいは妻については、三者三様の記憶が映し出されるが、この弟がもつ母の記憶、思い出の映像も物語の中に挿入されていく。

「ママはかつて、違った構図(アングル)に変えることで写真の意味を変えてしまう方法を僕に教えてくれたことがある。それは僕にとって、深遠な効果をもたらしてくれた。ママは世界一の写真家の一人だ。」

この才能は、つまりこの世界の見方とその表現・方法を、実は母親から教わっているのであった。
こういう形で母親の子に対する責任や愛情がしっかりと描かれている。そして、それが子に確実に受け継がれていることも、この作品はしっかりと描いている。そして彼は母親の写真の素晴らしさもしっかりと理解している。

DATA
【記録】題名:『母の残像』/ 原題:『 Louder than Bombs 』/ 監督・脚本:ヨアキム・トリアー Joachim Trier 作品:『リプライズ Reprise 』(2006年),『オスロ、8月31日 Oslo 31, August 』(2011年),『セルマ Thelma 』(2017年)/ 脚本:エスキル・ヴォクト Eskil Vogt / 撮影:ヤコブ・イーエ Jakob Ihre / 音楽:ウーラ・フラットゥン Ola Fløttum / 出演:イザベル・ユペール Isabelle Huppert / ガブリエル・バーン Gabriel Byrne / ジェシー・アイゼンバーグ Jesse Eisenberg / エイミー・ライアン Amy Ryan / デヴィッド・ストラザーン David Strathairn / デヴィン・ドルイド Devin Druid / レイチェル・ブロズナハン Rachel Brosnahan / レスリー・ライルズ Leslie Lyles / 制作国:ノルウェー、デンマーク、フランス、英国 / 使用言語:英語 / 2015年制作