all i see is you

【冒頭】形を成さない雲が流れていく。それが絹のように滑らかによれる繊維の白い色にかわって、その中で女性が喘いでいる冒頭。そこへひっくり返った街や曲がりくねった山道をフラッシュバックで映し、この女性に、まるで卵子にたどり着いた無数の精子が膜を突き破ろうとしているような、群がる男性のカットが挿入される。映画を見ながらすぐに自分の聴覚が鋭くなったような錯覚を覚える。風に揺れる小さな金属片の音が殊更に耳に響く。これは風鈴(ウインド・ベル)の音。また、反響する足音やステッキをつく音。しかし視界はかすみ、時々光が横切るように、目をつむった時の、眼球の裏を走る刺激・信号が行き来しているようだ。これは主人公ジーナの視野を通して、観客も同じ視点を見ているからである。この映画、「一つの妄想な愛の物語」と言われる。

【解説】ジーナとジェームスは夫婦で、タイのバンコクで暮らしている。冒頭の場面で、「今ので赤ちゃんができたかな」と二人が笑いあっている。二人とも幸せに見える。ジーナはシャワーを浴びにいくが蛇口を手探ぐっている。そこは湯気でかすみ、広すぎる空間のなかで一人立ち尽くしている。これはジーナの感覚である。ここで、彼女は目が見えないということに、この映画を見る私たちは気づく。

登場する二人についてや、その出会いなどのいきさつについては説明がされない。ジーナが失明していることについて、その過去がフラッシュバックで断片的に挿入されるだけである。幼少の時の事故、それが未だに彼女の中で、人々の喧騒、戸の開閉などの物音や、車、特に自動2輪車の排気音などと共に、日常の中で呼び覚まされる。

冒頭、ジーナが外出するときはジェームスが一緒に随伴し、二人は医師のヒューズ氏を訪ねる。彼は近いうちに角膜の移植手術を受けることができると二人に説明する。左目は事故による損傷が大きくて、知覚した鏡像を脳へは既に送ることができない、しかし右目はまだ視覚を取り戻すことはできるという説明に、二人は喜びを隠さない。手術はすぐにも始められ、成功し、視力もすぐに回復していく。この物語はここからが始まりと言える。

経済発展がめざましい東アジア、否、世界の中心都市の一つであるこの国で、その機に乗ずるように事業をグローバル展開する企業や人々。おそらくジェームスもその一人であり、企業に所属し、経済的には豊かで、暮らしに事欠かない様子は見てとれる。また、ここは、各先端医療の分野では世界随一の体制が企業によって展開されている場所でもある。日中は人々が生きるための経済活動からくるエネルギーに満ち、夜はまた繁華な空間にその顔を変える。ジーナは、日中は近くのプールへ行ったり、隣の家の子供と歌を歌ったり、その子が飼っている犬を散歩に連れていったりと、この場所でのジーナの普段の生活は慎ましいものに見える。一方、献身的にジーナに寄り添うジェームスも、自宅で待つジーナを忘れ、ジーナは熱帯魚の大きな水槽がある部屋で一人寂しそうにタイ語のテープを聞き会話の練習をしているが、彼女が就寝した後に、仕事帰りの同僚と何処かへ出かけ酔いつぶれたジェームスがご機嫌で帰ってくる場面や、プールで生理が起こり出血する場面、そしてそれを残念そうにジェームスに知らせる場面、それを励ますかのように戸外へ出かけ、喧騒とクラブではしゃぎ踊る場面が、一転して我に帰ると何も見えない中で孤独にその場にいて踊る自身に気づき、その場を立ち去ろうとする場面等が描かれている。

題名の「all I see is you」とは、ジーナが、隣の家の女の子・ルーシーと歌う曲の、ジーナ自作の歌に、タイトルが「Double Dutch」というものがある。その歌の中にこの言葉が出てくる。それは、物語の中に、ルーシーの家の中で練習しながら歌ったり、街のコンテストのようなミニ・コンサートがあって、そこでこの二人が歌うものである。そして前奏でつながった『In Our Dreams』を最後に歌うのである。

QUOTES
It’s just, this is not how I imagined it, is all.(ただ、私が想像していたものと違うから、それだけよ)

この言葉は、手術の後に段々と視界が戻りつつありジーナが、ジェームスとマンションに戻った時の言葉である。戸惑いしばらく考えているジーナに、ジェームスが尋ねる場面である。どうかしたのかい?心配するジェームスにこうジーナは答えた。

この言葉をどう理解するのか・・・ ジェームスはこの言葉にドキリとするが、否定的にも捉えてしまい、後半の悲劇を生んでいく。この点が「妄想な」と言う意味である。目が見えるようになって一体ジーナにとって何が変わったのか?二人の関係は確かに変わった。それがいい事として変化したのか、あるいはそうではないのか。ジーナは、ジェームスにとって否定的な意味で変わってしまったのか?私はジーナは何も変わってはいないと思う。

【物語】「何がしたい? 何処へ行きたい? 何が見たい?」。術後に、ジェームスがジーナの最初の希望を叶えるために尋ねる。ジーナは「色」が欲しいとだけ答える。そして「たくさんの色よ」と。医師から視界は時間の経過とともに徐々に明るくなるといわれ、手術は成功する。まだかすむ視界の中で興奮するジーナを、ジェームスは花々の色彩に溢れた市場へ連れていく。マンションへ帰宅し、ジーナを歓迎する飾り付けに「ジーナ」の文字を見つける。それがさみしほど簡素で色彩に乏しい。室内も無機質で生活の実態である雑多・雑然さがないのだ。ジーナは普段通りに手がかりを伝って室内を移動する。戸口の柱、ソファーの背もたれの角。そして、その様子を見て心配したジェームスが尋ね、ジーナが答えたのが上記の「ただ、私が想像していたものと違うから、それだけよ」という言葉だ。

バルコニーから見える高層ビル群に囲まれた無機質な風景。その間近な向かいのバルコニー。ジーナは、何か不満のような表情を見せたわけでは無いが、ひとつひとつ手で探り、手が持つ感覚と、視覚が捉えるものをゆっくり確認しているようだ。ジェームスはそのジーナの言葉に一瞬傷つく表情を見せるが、それを打ち消すように、ジーナを驚かせるものがあるといい、スペイン行のチケットを見せる。ジーナも飛び上がって喜ぶ。

ジーナは、幼少期に事故で視覚を失い、今までの彼女の視覚的な、目で見てきた世界の理解というものは、その時期までに築かれたものが全てだ。成長とともに経験によって獲得していく視覚的世界の理解とは、ジーナにとっては、その時期で止まってしまっているといえるものだ。これは記憶に残っているものともいえる。その様子を心配したジェームスがどうしたんだいと尋ねたが、ジーナ自身にも分かってはいない。ただその視覚と、聴覚・触覚で理解してきた世界との間の違和感をジーナは、以下のように表現し、ジェームスに伝えた。

QUOTES
I don’t know. I just feel like I knew everything before. You know? Now I don’t.
(分からないわ。以前は全てを知っているように感じてたけど、だって。今はそうじゃないの。)

スペイン行の計画は、新婚旅行で行った時と同じ衣装を着て南スペインの同じ場所に泊まって、そこから列車でバルセロナへ移動。ジーナの姉カルラとその夫ラモン、その幼ない息子ルカたちに会いに行きそこで数日を過ごすというものだった。ジーナはこのスペインで幼少期を過ごし、事故にもそこで遭遇し、両親ともそこで既に死別しているようだ。

ジーナが視覚を取り戻してから、ジーナとジェームスの関係性が変わったと述べた。今までジェームスにはジーナの目となって彼女に添い手助けするという役割があった。これが必要なくなった、あるいはその役割を失ったという点は、ジェームスにとって非常に重要な意味を持つ。一方、ジーナにとっては、今までがジェームスに依存し、常に受動的な生活を送っていたとも解釈ができる。そして、この点は、ジーナがある日、ジェームスに対して「自分があなたにとって負担になっていないか」と問いかけた言葉にも表れるように、ジーナがジェームスに対して抱いていた負い目のようなものでもあった。これがなくなったことの意味はジーナにとっても大きく、ジーナは少なくともその負い目から解放され自由になった。

これは愛し合う二人にとって、いい面ばかりのはずだ。私たちの人生、あるいは生活の大半は、視覚的なものに依存していて、この視覚を取り戻した点は、ジーナにとって幸せなものだとジェームスは考えるはずだ。ジーナも、自分が依存関係を脱却したことで、今まで気にかけ、負い目に感じていた負担からジェームスを解放することになり、ジーナもジェームスにとってこの点は幸せなものだと考えるはずだ。この道理は、しかし、実際に愛し合って結ばれたジェームスやジーナのような男女において、そう理屈通りに諸相が立ち現れないのも事実だ。

変わってしまった関係性で、特に二人の性生活に関して、今まで受け身であったジーナが、ジェームスに対して主導権をもったように描かれる。視覚的に解放されたジーナは、彼を縛り、目隠しさせて、行為に及ぶ。これは今まで自分が置かれていた立場を、相手にも同じ状態にさせるという意味であり、言い換えれば、今までジェームスの立場であった状態をジーナ自身が体験しようとしていると解釈できる。

今まで幼少期以来閉ざされてしまった世界を取り戻そうとするかのように、このジーナの欲求は、「見ることにより欲望は生じる」と言われるように、貪欲に映るが、彼女のおかれていた経緯を考えれば、これは自然な成り行きである。これは自由になったジーナの視覚的世界の探求の表れともいえる。自分が見る行為からさらに見られることを意識した自撮りカメラでの撮影などもジーナにしてみれば自然な探求心からくる欲求の結果である。これに続くスペイン滞在中の場面では、彼女が幼少だった時に親しんだ習慣や文化などを土壌とし、そこから影響を受け培われた、彼女自身の素(原型)の面が、抑制から解かれて立ち現れる様子が描かれる。これもまた彼女にとっては自然なもののはずだ。

しかし、当のジェームス氏にとって、これらすべてが落ち着かないし、居心地が悪い。目が見えない状態で、ジーナは何も喋らず自分のガラス窓に移る姿を意識しながら、行為に没頭する。突然怒り出すジェームスに対しても、最初は冗談めかして実験的に行っていたジーナは取り合わなかったが、その後、2人の関係がすれ違っていく、これはその端緒となる場面であった。

ジェームスが今まで自分が相手を主導することで築いてきたジーナとの関係性や自信といったものが、その後にはだんだんと崩れていく。それはまるで自分が去勢されたようにジェームスには感じられたのだろう。そんなジェームスの姿がその後の彼の行動とともに描かれる。この点はスペインという地で一層に明確に対比され、この彼の一見すると「不甲斐ない姿」がジーナの不満の対象にもなっていく。ただ、これは「不満」というよりも、解放され自由に導かれる「視覚的な欲求」に対して、自分を抑制しようとするものに、ジーナが本能的に抵抗していたものといえる。

ジーナは自分が失明した事故の現場を訪れる。この旅行のもう一つの目的が、今まで長い間自分を苦しめてきたすべての始まりの場所であったものを、今は終わりの場所として、自分の過去に区切りをつけるためのものでもあった。

QUOTES
Did you love me more before?(以前よりもっと私を愛していてくれた?)

ジーナは、自分の育った場所で自分をもう一度取り戻し、楽しかった日々を終えて帰国し、そして現実の生活に戻されるが、今まで自分が着ていたものを気にいらないようで整理し始める。また、向かいのバルコニーから無表情で喫煙する中国系の男がこちらをまんじりともしない、挨拶すらしないで立っているのを見て、ここを移りましょうといい、すぐにも引っ越し先の物件を見つけてくる。買い物ついでに、そして髪をブロンドに染めて。

ここから、先の言葉へと繋がるが、この言葉は、ジェームスが、仕事のイベントで妻を同伴させる際に、格好はもう少し控えた・・・ と言いかけた際に、「もう少し何?」と聞き返したジーナに対して、「同僚がみんな、おい、ジェームスのカミさんをチェッックしようぜなんて言われるのは嫌だからね」とヘラヘラ言い訳した際に、ジーナがジェームスに問うた言葉である。先の「以前よりもっと私を愛していてくれた?」というジーナの問いには、ジェームスは、ブロンドに髪の毛を染めてきたジーナに、「ブロンドになってからかい?」と質問への回答をごまかしながら、そして急に真顔になって、自分が同じことを聞いてもいいんだよと言う。ジーナは、違うわ、私があなたに尋ねてるのよと言う。

スペインへ発つ前に、ジーナに、妊娠を期待しながらも再び生理が訪れたときに、ジェームスは自分の精子サンプルを医療施設へ提出し検査結果を持っていたが、帰国してからその結果を、この頃と前後して受けている。彼は精子数に異常があり妊娠させることができないと診断を受け、精子の提供を受けるか、受精操作をするか、または養子を迎える方法など、医師から受けたアドバイスも全て拒絶する。

物語は、この段へ来て、ジェームスが、ジーナの自分に対する心が変わってしまったこと、心が移ってしまったことを確信している様子が伺える。そしてこの点は、彼の仕業だとすぐに明かされるが、彼はジーナの目薬に細工をする。以前の、ジーナが目が見えない状態に戻ってしまうことを望んでいるのである。ジェームスは、二人の関係が変わり、ジーナの行動にも変化が現れ、その変化をジーナ自身の心が変わってしまった、特に自分に対する心が変わったと理解した。そして、以前のような関係に戻すような行為に及ぶ。しかしそのジーナの心、本当の回答は先に見た歌の言葉の中にある。そしてジーナは妊娠するのだが・・・

LYRICS
Double Dutch: I like to double Dutch/ I like to swim/ It makes me happy/ It makes me grin/ I like to double Dutch/ And dancing, too/ It makes me happy/ And all I see is you/ Playing tennis after school/ Picking flowers/ By big blue swimming pools/ I like to double Dutch/ I like to run/ It makes me happy/ It’s so much fun/ I like to party/ With hula hoops/ It makes me happy/ And all I see is you/ And when I’m happy/ All I see is you
LYRICS
In Our Dreams: Underneath the sky/ Just you and I/ We count the stars/ As clouds pass by/ Hold each other close/ All through the night/ As time goes by/ Just you and I/ You can see the love/ That’s in my heart/ When you look/ Deep into my eyes/ Say goodbye for tonight/ In your dreams, little darlin’/ We will be all right/ Forever in my heart/ In our dreams, little darlin’/ We will never part/ Forever in my heart/ In our dreams, little darlin’/ We will never part

 

      god only knows - the langley schools music project

 

      double dutch - blake lively

 

      in our dreams - blake lively

 

      colchiques - eddy louiss

 

      reality and fantasy - raphael gualazzi

DATA
【記録】題名『オール・アイ・シー・イズ・ユー All I See Is You(原題)』/ 監督・脚本:マーク・フォスター Marc Forster 作品:『Loungers』(1995年),『Everything Put Together』(2000年),『チョコレート Monster’s Ball』(2001年),『ネバーランド Finding Neverland』(2004年),『ステイ Stay』(2005年),『主人公は僕だった Stranger Than Fiction』 (2006年),『君のためなら千回でも The Kite Runner』(2007年),『007 慰めの報酬 Quantum of Solace』(2008年), 短編『LX Forty』(2009年),『マシンガン・プリーチャー Machine Gun Preacher』(2011年),『ワールド・ウォーZ World War Z』(2012年) / 脚本:シーン・コンウェイ Sean Conway / 撮影:マティアス・クーニスヴァイゼル Matthias Koenigswieser / 音楽:マルク・ストライテンフェルト Marc Streitenfeld / 出演:ブレイク・ライブリー Blake Lively / ジェイソン・クラーク Jason Clarke / アーナ・オライリー Ahna O’Reilly / イヴォンヌ・ストラホフスキー Yvonne Strahovski / ウェス・チャタム Wes Chatham / ダニー・ヒューストン Danny Huston / 制作国:アメリカ合衆国 / 使用言語:英語 / 日本公開未定 / 2016年制作