maelström

QUOTES
Les pêcheurs norvégiens utilisent des ondes musicales comme filet. Moi, c’est par cet air de Greig que je me suis fait attraper.

冒頭グロテスクな、まるで化け物のような魚の口から語られる「ノルウェーの漁師たちは音楽波を網のように使用する。そのグリーグの楽曲で捕獲されたのが私さ」という言葉。この作品は一人の女性の物語だ。

漁獲された魚の解体、その処理場で、さばかれるわずかな時間の中で、喋るはずのない血みどろの大魚によって、時間軸は戻ったり繰り返されたり、渦を巻きながら、そして物語は「逆説的」に語られていく。

この監督、初期の短編作品を見ると、この言葉が随分と好きなようだ。その短編の一つ『 Next Floor 』でも監督自らが「逆説的な物語」と語っている。この作品でも、以下のように物語の中で使われている。

主人公・ビビアーヌの、冒頭で中絶をする場面が映し出される。「水」は彼女の肉体的、精神的に刻まれた罪悪を贖うイメージとして繰り返し映し出される。無意識にシャワーで身体を清める彼女に、水音がかぶさりテロップが挿入される。

QUOTES
Lorsque Bibi prend sa douche, elle sent son corps en trois dimensions. Pradoxalement, la douche lui fait aussi perdre contact avec le temps et le monde qui l’entoure.
(シャワーを浴びながら、ビビは自身の身体に対して、より強く自覚を呼び覚まされていく。そして、逆説的に、彼女は、彼女を取り巻く時間、そしてその世界の実感を失っていった)

物語は非常に哲学的、つまり実存的な語りである。

この作品は、監督ドゥニ・ヴィルヌーヴ氏の初期2作目であるが、氏は説明的なものや言葉を極力排除して、意味深だと装う視覚的に強力なイメージをそこに配することで、見る側に余韻やドラッグのような陶酔感を与えるのが氏のもつ魔術なんだと思う。
でもその幻覚を取り去るとき、そこには登場人物の言葉のやり取りや、表情や心理的な機微、関係性を丁寧に積み重ねてストーリーを描いていくということが弱い、というかあまり好きではないのだろうという点が既にこの作品中にあらわれて、氏の映像作りの原型が”フラフラ、グラグラ”としながらもこの作中で看て取れる。

この作品に多用される象徴的なイメージ、物語の中で言葉少なくそのイメージを重ねていく演出・手法がとられるが、それはあまりに抽象的過ぎて、おそらく見るものはよそ見をしているうちに置いてきぼりを食うだろう。そこで饒舌で血みどろの語り手によってその登場人物の心理状態を説明させている。これは氏の作品の過渡期とも言える非常に実験的な苦心の一作だと感じた。

物語は、魚の処理場で働く初老の男を、ある日ビビアーヌは酔った状態で車を運転、はねてしまう。そしてそのまま逃げてしまう。首を切断される前の魚が、「日々あまたの殺しを犯す男が殺される」と予言する。
ところで、この魚のことが気になっていたのだが、一体何の魚なのか?

冒頭で示した魚が語るナレーションの言葉は、物語の中盤で語られるが、そこではノルウェーの漁師と彼らが使用する漁法について触れられる。
ちなみに、「グリーグ」あるいは「グリッグ」はノルウェーの作曲家 Edvard H. Grieg のこと。この場面の背景(BG)でかかる曲(M)は、彼が作曲した「ピアノ協奏曲イ短調 opt.16」の序章。そう、物語の舞台は、カナダのケベック州(フランス語圏)で、このカナダは彼らノルウェー人にとっては重要な市場の射程内だ。漁場も競合し、そこで水揚げされる魚、この深海魚・アンコーのような不細工な顔立ち、不気味にデフォルメされてはいるが、多分「タラ(鱈)」に間違いないと思う。よくノルウェーの魚市場で首だけが並べられて売られているのがこのタラという訳だ。

この作品は、物語が始まる前にテロップで監督のメッセージが示される。この作品はノルウェーの友人に捧げるもので、ノルウェーのイメージに影響されたものだが、それは、cliché、つまり言い古された「常套句」としてのイメージであって、物語もフィクションであるとわざわざ断っている。
テロップが示すようにカナダ・フランス語圏のこの作品は「ノルウェー」の持つイメージ、そのメタファー(象徴)が重要な役割を果たしてる。ノルウェーから来た移民労働者の一人が処理場で魚をさばいている。何の関係もない女性が、その男の死をきっかけにして、破滅に向って行く人生が「渦」のように主人公を巻き込んで行く物語だ。

さて、ノルウェーのイメージ・メタファーについて、再び話は魚に戻るのだが、ノルウェーのタラの水揚げ量は世界一である。この白魚は彼らには国内トップの主要輸出品目でもある。
このタラの漁場は、ノルウェー・ロフォーテン諸島の沿岸が有名であると聞いたが、そこは世界でも有数の渦潮の発生する外洋である。ノルウェー語では moskstraumen***01といい、この語は潮流が複雑にぶつかって生じる「渦流」のシステムを表し、この作品のタイトル maelström(渦)、その英語 maelstrom の語源になっている。

もう一つ、ビビアーヌの女友達・クレールが何気無く会話の中で話す言葉について。
彼女は2、3度中絶を経験していて、ビビアーヌに、まだ肉体は体内に胎児を感じているのねと尋ねながら、罪悪感を持たないで、そんなのは役に立たないから、そのままを受け入れなさいと諭す。そして エッダ edda(古ノルド語の歌謡。北欧神話の原初形が残る詩篇、歌謡集が現存)の研究者の Bgnar Magnerson の名前を出して氏の著作の引用をする。

QUOTES
Toute action humaine est une manifestation contre la mort.
(全て人間の行動は死に抗うための表現)

クレールはこの言葉によって、中絶を繰り返した自分の中にも人間性を見出し和解ができた(受け入れることができた)と言う。
危険な言葉ねと、ビビアーヌ。彼はすでに過去の著名人だと知り、なぜ彼は死んだの?とビビアーヌ。自殺よ、とクレールが答え、ビビがまたその名前って雪の感じみたいねといえば、それは Bjorn Magnersen(スピード・スケートの選手)よと、クレールが返す。自宅アパートでの軽料理を作りながらのポップな会話。

ビビアーヌが車で跳ね飛ばし、そのまま自宅までたどり着いて座ったまま息を引き取った男には息子がいて、簡易火葬のあと骨壷を受け取りにノルウェーからやって来る。そして、この二人は出会うのだ。ノルウェー産の魚ヤローが取り持つこの二人が出会うのだ。

ビビアーヌは自分がある男をひき逃げし、それが何事も事件もないまま、彼が自宅で人知れずに死んでいたことを知る。彼女は程なく新聞の葬儀告知欄でその場所を知り尋ねる。その男の息子とそこで出会うのだが、彼はもちろん父親は病で孤独に死んでいったと理解したが、一方でひき逃げにあったことも知っている。ただそれ以外は何も知らず、ビビアーヌとは偶然知り合う。ビビアーヌは彼の父親とは隣人だったと嘘を言い、自分が車で当て逃げしその結果死んでしまった男のことを色々と聞き出そうとしていた。
お互いに惹かれあっていく二人であったが、ビビアーヌの心の中で罪との葛藤がある。

ビビアーヌは物語前半で外国(ノルウェー)の繊細な旋律を持った歌を口ずさむ場面がある。子供の頃にそれとなく聞かされ覚えたものかも知れない。死んだ男の職場で同郷の仲間たちがその息子のためにお別れの式を開き、強い酒を、殺した相手を呪う言葉とともに一気にあおる。その場にいたビビアーヌへの間接的に呪いを浴びせることになり、まさにバイキングの末裔たちによる葬儀、弔いの酒席といった感じで、何とも変な雰囲気が流れる滑稽な場面になっている。その帰り、そして別れ際に先の歌をビビは男に歌って聞かせて意味を尋ねる。男もよく知る歌で一緒に口ずさむ。

「頭の皮を剥ぎ取り、頭蓋の骨を空にし、その敵の頭蓋骨から酒を飲め。腹を裂き、内臓を生きたまま喰らい・・・」
国に伝わる民謡さと、事も無し気げに男は言う。一瞬、なんとも軽妙な空気が流れるが、人や物事、異なるものへの理解とは、この無意識に口ずさむ歌と、その知らないでいた意味のように、結局はそんなようなものなのかも知れないと気づき思わされた。
すぐにタクシーが現れ二人に何事も起こらないままただの他人として別れの時が近ずくが・・・


音楽がとてもいい。特にシャルル・アズナヴール Charles Aznavour の『二つのギター Les deux Guitares』等。
The Ocean doesn’t want me』 by Tom Waits/ 『Good Morning Starshine』 by Cast of “Hair”

SUPPLEMENTS
01:moskstraumen, malström or malstrøm:
Carta Marina はラテン語で「海図」の意味。16世紀にオラウス・マグヌス Olaus Magnus が作成した北欧の海洋地図。ロフォーテン諸島沿岸部、そしてそこに渦巻く海の様子が海獣カリブディスなどとともに描かれている。「カリブディス」は、古代ギリシャの歴史家ピュテアスが言及した、ギリシャ神話に登場するメッシーナ海峡(イタリア)の魔物で、オデュッセウスに立ち塞がった渦潮を擬人化したとされる。また、ロフォーテン諸島沿岸の渦潮は、エドガー・アラン・ポーの短編小説『メールシュトレームに呑まれて』(邦訳の題名はいくつかあって、『大渦に呑まれて』、『大渦の底へ』等)や、ジュール・ヴェルヌの『海底2万マイル』、SF作家アーサー・クラークの『メールシュトレムII』等で題材にされている。

“A Descent into the Maelström”,1841. by Edgar Allan Poe/ “20,000 Leagues Under the Sea”, 1870. by Jules Verne/ “Maelstrom II”, 1956. by Arthur C. Clarke


MEMO
【記録】監督・脚本:ドゥニ・ヴィルヌーヴ Denis Villeneuve 作品:『REW-FFWD』(1994年),『Cosmos(「Le Technétium」)』(1996年),『Un 32 août sur terre』(1998年),『華麗なる晩餐(Next Floor)』(2008年),『静かなる叫び Polytechnique』(2009年),『灼熱の魂 Incendies』(2010年),『プリズナーズ Prisoners』(2013年),『複製された男 An Enemy』(2013年),『ボーダーライン Sicario』(2015年),『メッセージ Arrival(2016年),『ブレードランナー 2049 Blade Runner 2049』(2017年)/ 撮影:アンドレ・ターピン André Turpin / 音楽:ピエール・デロシュール Pierre Desrochers / 主演:マリ=ジョゼ・クローズ Marie-Josée Croze / ピエール・ルボー Pierre Lebeau / ジャン=ニコラ・ヴェロー Jean-Nicholas Verrault / 邦題:『渦 – 官能の悪夢』(日本公開:2001年7月28日)/ 制作国:カナダ/ 言語:フランス語/ 2000年制作